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声明・宣言

環太平洋パートナーシップ協定の承認案と関連法案について、充分な情報開示に基づく慎重な国会審議を求める理事長声明

  1. はじめに
     第192回国会が、本年9月26日に召集される。この国会においては、継続審議とされている、環太平洋パートナーシップ協定(以下「TPP」という)の承認案と関連法案の審議がなされる。
     TPPに対しては、日本の各産業分野に与える影響はもとより、市民の人権保障や安全な生活、それらを支える社会構造への影響への懸念、そして憲法上の疑義も否定できないこと等、様々な問題が指摘されている。
     当連合会は、そのような重大な問題を含むTPPの承認や関連法案の審議に際しては、政府が国民、国会に対して充分な情報を開示した上で、慎重な審議を行うことを求める。以下詳論する。
  2. TPPの有する憲法上の問題点
    (1)ISDS条項
    TPPには、投資家保護に関する「投資家と国家間の紛争処理」に関する条項(以下「ISDS条項」という)が規定されている。これは、投資家保護のために、協定締結国や自治体の措置により損害を蒙ったと主張する外国投資家、外国企業が、当該協定締結国や自治体を相手として、国際的な仲裁機関(但し、それは私的な仲裁機関である)に申し立てることを可能にする条項である。
     この条項は、協定締結国等に対して直接的に制度変更等を求めるものではないが、仲裁機関の判断に対する不服申立権は無く、実質的に、仲裁機関の判断が、協定締結国の国内法や裁判権に優先する結果をもたらす。協定締結国等は、かかる申立に対応するリスクと負担を余儀なくされることはもとより、多額の賠償金の支払を命じられれば、当該措置を取り消すだけではなく、以後の各種の措置、規制に対して萎縮効果をもたらしかねない。
     既に発効している二国間、あるいは多国間の自由貿易協定に基づくISDS条項による仲裁申立の事例を見ると、環境・健康の保護等の目的を理由としてなされた規制について、それを協定違反として、規制を行った国に対して、仲裁を申し立てた企業への賠償を命じる事例が相当数見られる。
     「自由貿易」を制限する結果になる措置は、市民の健康・安全等を確保する目的で設定されることが多く、ISDS条項による萎縮効果が発生すれば、それはすなわち市民の健康・安全等を犠牲にすることになるのであって、幸福追求権(憲法13条)を侵害するおそれを払拭できない。また、仲裁機関が実質的に立法を行い裁判権を行使する結果になる可能性がある点で、国会を唯一の立法機関と定める憲法41条、すべて司法権は裁判所に属するとする憲法76条1項に反する可能性を否定できない。
     TPPの承認等に際しては、かかる懸念の無いように、充分な審議が必要である。
    (2)秘密保持契約
     さらに、TPPに関しては秘密保持契約が締結されており、交渉経過に関する情報は開示できないとされている。
     第191回国会において、野党が求めた情報公開請求に対し、標目以外の部分が黒塗りにされた文書が公開されたことが判明したことは記憶に新しいところである。
     当然のことであるが、TPPの承認等について検討するに際しては、単に交渉結果たる協定文書のみが開示されているだけで足りるものではない。交渉経過も含めて検討することで、当該協定内容の妥当性の判断が初めて行えるものであることは言うまでもないことである。
     政府が、このような当然の理を無視して、充分な情報を提供せずに国会に承認を迫るといった姿勢を取るのであれば、国民の知る権利(憲法21条1項)を侵害し、国会による条約の承認(憲法73条3号但書)の趣旨を没却し、国民主権原理に反する可能性を否定できない。
     TPPの承認等に際しては、かかる懸念の無いように、充分な情報の公開、提供が必要である。
  3. 市民の生活等の観点からの問題点
     (1)前項で述べたほかに、TPPの内容に関しては様々な問題点が指摘されている。ここでその全てに触れることはできないが、市民の権利の保障、生活の安全を確保するための諸施策が、TPPによって排除されることがあってはならない、ということは強調しなければならない。
     (2)例えば、「食」の問題である。日本で、市民の健康を確保するために設けられている添加物、ホルモン、農薬等の使用に関する規制や、遺伝子組み換え食品を使用しているか否かの表示等々が、「非関税障壁」として排除される危険性が指摘されている。
     また、市民の健康を護るための制度として日本が世界に誇るべき国民皆保険制度や、数々の薬害事件を経て設けられた医薬品の再評価制度等々も、「非関税障壁」として排除される危険性が強く指摘されている。
     (3)そして日本において、安全な食糧を多く生産する基地として、重要な役割を担う北海道に、TPPが与える影響についても充分な検討と手当てがなされなければならない。一度破壊された産業は、容易には再生できない。そして、とりわけそれが市民の生命、健康を支える農業、水産業等である場合には、市民の健康、生命の危険に直結する結果になることを忘れてはならない。
  4. おわりに
     以上の次第であり、審議が再開されるTPPの承認案と関連法案には、多くの問題が指摘されており、それらはいずれも、憲法問題、市民の健康・安全等に直結する重要な問題である。
     こうした重要な問題が、充分な情報の提供もなく審議されるということはあってはならないことである。
    当連合会は、かかるTPPの重要性、問題点の指摘に鑑み、政府による充分な情報提供に基づく慎重な審議がなされることを強く求める。

以上
2016年9月24日
北海道弁護士会連合会
理事長 太田 賢二

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