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道弁連大会

日本国憲法の基本原理を堅持することを求めるとともに、憲法改正国民投票法の問題点を解消することなく憲法改正を行うことに反対する決議

  1. 当連合会は、日本国憲法の核心的価値が個人の尊厳にあることを改めて確認するとともに、国政全般において、基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義等の日本国憲法の基本原理を堅持することを求める。
  2. 当連合会は、政府と国会に対し、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「国民投票法」という。)について、主権者である国民が、国の根本規範である憲法改正について、正確かつ充分な情報に基づき、国民相互で充分議論し、国民意思を正しく反映する手続の下で行なわれなければならないとする立場から、以下の問題点を解消することを求める。
    ① 最低投票率の定めがないこと
    ② 国会発議から投票日までの期間が最短60日というのは短すぎること
    ③ テレビ・ラジオをはじめとする有料広告の規制が不十分であること
    ④ 条文ごとに投票できる個別投票が原則とされていないこと
    ⑤ 公務員・教員の国民投票運動に関する規制が曖昧であること
    ⑥ 組織的多数人買収・利害誘導罪の構成要件が不明確であること
  3. 当連合会は、国民投票法に関する前項の問題点を解消することなく憲法改正を行うことに反対する。

 以上、決議する。

2018年(平成30年)7月27日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 憲法改正をめぐる最近の動向
     安倍晋三自由民主党(自民党)総裁は、2017年(平成29年)5月3日、民間団体主催の集会に寄せたビデオメッセージにおいて、憲法9条1項及び2項は残しつつ自衛隊の存在を憲法上明記する憲法9条に関する憲法改正構想を公表した。
     その後、自民党憲法改正推進本部で検討がなされ、同年12月20日に、優先的に取り組むものとして、①自衛隊、②緊急事態、③合区解消・地方公共団体、④教育充実の4項目が取りまとめられ、2018年(平成30年)3月25日の自民党大会で了承された。
     そして、安倍首相は、同年5月3日の憲法記念日に改めて改憲実現への強い意向を示し、今年度中の通常国会もしくは臨時国会で憲法改正を発議し、国民投票を行なうことを目指していると言われている。
      憲法改正原案を作成する憲法審査会は、衆議院憲法審査会が同年5月17日に今年最初の会議を開催し、自由民主党が国民投票法について、洋上投票の拡大や大型商業施設等に「共通投票所」を設置する等の法改正を提案するなど、国民投票実現にむけて、動きが急である。
  2. 憲法改正問題に対する当連合会の姿勢と日本国憲法の価値の再確認
    (1) 当連合会は、2007年(平成19年)7月、日本国憲法施行60年にあたり「日本国憲法の基本原理の堅持とさらなる実践を求める宣言」を発し、当時の憲法情勢について「基本原理が大きく変容させられる危険性が生じており、まさに重大な岐路に立たされている」とした。
     その後の10年間で、さらに、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪などが、法案の内容に憲法上の疑義・懸念があると多くの指摘がなされているにも拘らず、払拭・解決されないまま強行採決により成立するなど、立憲主義が蔑ろにされる事態が進行している。

    (2) このような中で、当連合会は、2017年(平成29年)7月、「日本国憲法施行70年にあたり、改めて『個人の尊厳』が最大限に尊重される社会の実現に取り組む宣言」を発し、日本国憲法の有する価値と立憲主義の擁護に対する当連合会の決意を表明した。
     日本国憲法は、個人の尊厳を核心的な価値とし、これを実現するために、基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義等の基本原理を定め、そのような見地から国家権力を統制する立憲主義に立脚している。
     こうした日本国憲法の基本原理と、それを支える立憲主義は、これを侵すことはできない。
  3. 国民投票法の問題の重大性と当連合会の対応
     当連合会は、前述した「日本国憲法の基本原理の堅持とさらなる実践を求める宣言」において、国民投票法には、最低投票率の定めがなく、公務員や教育者の投票運動を制限したり、発議から投票までの期間が短いなど、当連合会がそれまで二度にわたる定期大会決議で指摘してきた国民主権及び基本的人権の尊重の原理からみた法案段階での多くの問題点が何ら解消されておらず、抜本的な見直しがなされる必要がある、と指摘して、憲法改正の内容に関わる問題と並行して、憲法改正手続それ自体の問題点についても指摘してきた。しかし、国民投票法の問題点は未だ解消されていない。以下、具体的に述べる。
    (1) 最低投票率の定めがないこと
     最低投票率の定めが導入されなければ、例えば投票率40%の場合には投票権者の20%超程度の賛成で憲法改正が実現することになり、投票権者のうち極少数の賛成により憲法が改正されるおそれがある。このように投票権者の3分の1にも満たない少数の賛成で憲法改正が承認されるのは、改正憲法の正統性・信頼性に疑義が生じ、極めて不当と言わざるを得ない。
     この点で、日本弁護士連合会は、少なくとも3分の2以上の最低投票率を定めることを提言しているが、このような最低投票率の定めが必要である。

    (2) 国会発議から投票日までの期間が最短60日というのは短すぎること
     日本国憲法は「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」で国会発議(96条)と定め、後院で可決した時に国民に提案したものとされる(国会法68条の5)。この際に、国会が、60日から180日以内に投票日を決める(国民投票法2条)。
     しかし、国会発議から投票日までの期間が最短の60日ということになれば、憲法改正案を国民に周知し、国民全体が充分に議論をする(賛否の宣伝だけでなく、出版物の刊行、公聴会や討論会の開催などを含む)時間が確保できない。国民が的確に充分に判断できる熟慮期間の確保を配慮する必要がある。
     この点で、日本弁護士連合会は、最低でも1年が必要であると提言しており、このような熟慮期間の設定が必要である。

    (3) テレビ・ラジオをはじめとする有料広告の規制が不十分であること
     国民投票運動のための有料広告放送は、投票期日前14日間のみ禁止しているにとどまり、投票期日15日前までは自由に有料広告放送ができることになっている(国民投票法105条)。そもそも、有料広告放送は、資金力の差により、放送時間帯や放送回数・期間、広告の質に圧倒的な差を生じさせうるものであり、資金力のある側が扇情的かつ大量の有料広告を放送することで国民の冷静な判断が阻害され、国民投票の結果に民意が正しく反映されなくなるおそれがある。また、勧誘運動ではない意見広告は規制の対象外とされていることも問題である。
     かかる弊害を防止するために、表現の自由に対する脅威とならないような考慮を払いつつ、広告の公平性と適正さの確保のための方策を検討する必要がある。

    (4) 条文ごとに投票できる個別投票が原則とされていないこと
     国民投票は、「憲法改正原案の発議に当たっては、内容において関連する事項ごとに区分して行なうものとする」(国会法68条の3)と規定されるのみである。かかる「関連性」の判断にあたっては、付帯決議において「憲法改正原案の発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断基準を明らかにすると共に外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行なう」ことが確認されているにとどまる。
     しかし、国民意思が正確に反映されるか否かの重要な問題であるから、発議機関の政治的判断(裁量)に委ねられてよいものでなく、判断基準が手続法で明確にされている必要があり、その判断基準は、条文ごとの個別投票とするのが原則とされるべきである。

    (5) 公務員・教員の国民投票運動に関する規制が曖昧であること
     公務員・教員の地位利用による国民投票運動の禁止については、「国民投票運動を効果的に行いうる影響力又は便宜を利用して」というきわめて曖昧な規定の仕方であり(国民投票法103条)、禁止される行為と許容される行為の区別が明確ではなく、表現の自由や、学問の自由、教育の自由等に対する萎縮効果が生じうるという問題がある。

    (6) 組織的多数人買収・利害誘導罪の構成要件が不明確であること
     国民投票法は、組織による多数の投票人に対する買収や利害誘導等を禁止し、違反者に対する罰則規定を設けている(国民投票法109条)。同罪の構成要件は、「組織により、多数の投票人に対し、憲法改正案に対する賛成又は反対の投票をし又はしない様その旨を明示して勧誘して、その投票をし又はしないことの報酬」として、「金銭若しくは憲法改正案に対する賛成若しくは反対の投票をし若しくはしないことに影響を与えるに足りる物品その他の財産上の利益(多数の者に対する意見の表明の手段として通常用いられないものに限る。)若しくは公私の職務の供与をし、若しくはその供与の申し込み若しくは約束をし」など、不明確な構成要件が定められており、恣意的な運用や広汎な規制を招きかねない。このような曖昧不明確な構成要件は、罪刑法定主義(憲法31条)に抵触するという問題に加え、国民の自由な表現活動や国民投票運動を委縮させる危険性が高い。
  4. 結論
    (1) 日本国憲法の核心的価値は個人の尊厳にあり、その実現のために基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義等の基本原理、立憲主義等が定められているのであり、これら日本国憲法の価値を侵すことはできない。

    (2) 国民投票法は、2007年(平成19年)5月、参議院の特別委員会において、18項目にわたる附帯決議と共に成立した。上記3で指摘した問題点の多くは付帯決議に含まれているが、2014年(平成26年)6月の一部改正でも解消されることなく、現在に至っている。
     憲法改正を発議しようとするのであれば、その前にこれらの問題点を解消することが不可欠である。国民投票法を成立させた政府・国会の責任において、同法の抜本的な改正を行うことが必要である。

    (3) 重大な問題を有する現行法のもとで憲法改正を行なうことは、主権者である国民の意思を真に反映するものとはならず、わが国の立憲主義に回復しがたい禍根を残すことになりかねない。
    よって当連合会は、日本国憲法の価値を再確認してその堅持を求め、国民投票法の抜本的改正を求めるとともに、そのような改正をすることなく憲法改正を行うことに反対する。

 以上

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