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道弁連大会

性的マイノリティに対する差別と偏見をなくし、暮らしやすい地域を作るための制度を求める決議

 当連合会は、北海道内のすべての地方自治体及び地方議会に対し、性的マイノリティに対する差別と偏見をなくし、暮らしやすい地域を作るため、性自認及び性的指向(※1)における多様性を尊重することを確認した上、 1 各自治体の教育、福祉、医療、就業、その他の行政活動において、議会の議員、自治体の職員及び自治体内の住民に対して教育・啓発活動を行って理解促進に努めるとともに、性自認及び性的指向による差別を許さないための諸施策を講じること 2 各自治体において、各自治体が提供する行政サービスのうちで同性カップルやその子どもたちにも適用可能なものを精査し、それらのサービスを平等に保障すること 3 各自治体において、性的マイノリティ当事者の存在を可視化し、当事者が日常的に直面する困難を直接的に解消するための制度として、いわゆるパートナーシップ認証制度を創設すること を求める。 以上、決議する。

2016(平成28)年7月22日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 緒論
     日本国憲法に定める個人の尊重及び法の下の平等の理念に基づき、性別、信条、人種、年齢や障害の有無などにより差別されることなく、人が人として尊重され、誰もが自分らしく生きられる差別のない社会を実現することは、日本国民共通の願いである。
     その実現のため、当連合会及び当連合会内の各弁護士会は、「男女間」の本質的平等を目指し、性別による差別や性差に乗じた暴力を根絶するため、積極的に取り組んできた。
     しかし、他方で、同性愛者、両性愛者、性同一性障害者等の性的マイノリティについては、社会においてその存在を正面から認める法令や制度に乏しく、学校や職場などの日常生活において、差別的な取扱いが放置された状況にある。特に、性自認及び性的指向という私的でデリケートな問題については、差別的取扱いを受けてもそれを公に抗議しにくいため、問題が顕在化しにくく、目に見えないままに人権が侵害され続けてしまいやすい。 かかる現状に対し、人権擁護を旨とする弁護士・弁護士会が率先して支援していくべきところであるが、「男女間」の平等が侵害された場合と異なり、性的マイノリティに対する差別については弁護士が利用できる法的根拠や制度、社会資源に乏しく、弁護士の力だけでは解決が図れない場合が多い。
  2. 性的マイノリティの実情
    (1)  まず、性的指向の面からみると、2013(平成25)年に行われた厚生労働省の研究班による性的指向の調査(※2)によれば、男性同性愛者・両性愛者は、国内の男性の中で3~5%いると推定されており、女性同性愛者・両性愛者についても2%との報告がある(※3)。次に、性自認の面からみると、性同一性障害の患者数は2800人に1人という札幌医科大学における統計データもあり(※4)、性同一性障害の診断を要しないトランスジェンダーも多数存在することも考えれば、「性別に違和のある人」の割合はこれ以上となる。
     そして、複数の民間調査会社の調査(※5)においても、性的マイノリティ全体の人口比率は約8%と発表されている。
     そうすると、性的マイノリティは、職場、学校など社会の20ないし50名程度のあらゆる集団に1人以上いる計算になる。すなわち、目に見えないだけで、実際にはどこにでもいる存在なのである。
    (2)  ところが、当事者らは、学校や職場、日常生活の様々な場面で、性的マイノリティであるがゆえの問題に日々直面している。例えば、「男らしくない」・「女らしくない」ことや同性に恋愛感情を持つことによる学校でのいじめの問題、見た目と戸籍の性別が異なることによる就職差別の問題、さらには同性間カップルではストーカーやDVが発生したときにこれに対応する警察や司法関係者に理解がなく、シェルターや相談窓口などの社会資源もないという問題などである。また、異性愛者同士であれば「普通」のこととされる結婚や子どもを持つといった場面においても、そもそも同性間には婚姻制度が適用されず、また事実婚として尊重する運用もなく、さらには同性とカップルになった人が生殖補助医療や養子縁組等で子どもを持とうとすることについても社会の理解がないという現状においては、きわめて高いハードルが存在している。
     そのため、同性愛者の自殺念慮(自殺を考えたことがある)、自殺企図(実際に自殺を企画し、図ること)の確率の高さについて、欧米では各種調査研究で頻繁に取り上げられ問題視されている(日本国内ではそのことに言及されている公の文書は少ないが、「岡山県内の性的マイノリティを対象とした学校生活に関するアンケート調査」では、46%が自傷行為を経験し、64%がもう生きていたくないと思ったことがあると回答した)。
    (3)  残念ながら、大多数である「性別違和のない異性愛者」の側からは、自分たちから見れば当然のこととしか認識していないことにおいて、性的マイノリティが傷つき、困難を抱えるという実態に、気づくことさえ難しい。例えば、選挙における投票の際、投票所入場整理券(はがき)に性別欄が記載されているだけで、トランスジェンダーは投票に際して、多数の選挙人の前で何度も性別を確認され、自認とは異なる性別であることを何度も口にしなければならない。それがどれだけのストレスを伴い、投票そのものを避けることにさえつながっているということに、多数派側の想像力はなかなか及ばない。
     これは、一般の日常生活が多数派を基準にデザインされた社会で営まれていることに由来するものであるから、かかる現状を無自覚に漫然と追認することだけで、社会から多様性を排除し少数派を抑圧する結果につながってしまうのである。
    (4)  このような、性的マイノリティの生きづらさ、日常生活において直面する困難、差別や偏見等の問題は、トラブルが起きた後の司法的支援だけで解決できる問題ではなく、むしろ、トラブルが起きないよう社会が率先して取り組むべき問題である。
     そこで、まずは社会全体が性自認及び性的指向における多様性を正面から認めた上で、これを理解し、尊重していくことが必須である。
  3. 性的マイノリティをめぐる社会の動き
     性的マイノリティの権利擁護の動きは、近年世界中で急速な高まりを見せており、主要先進国においては、同性婚の制度化や性的マイノリティに対する差別禁止法の整備などが進められている。2015(平成27)年6月に、アメリカの連邦最高裁判所が、同性婚を禁止する州法が連邦憲法に違反すると判断したのは記憶に新しい。2016(平成28)年5月には、イタリアでも同性カップルの法制化が図られたため、G7主要7カ国で同性カップルに関する法律がないのは、日本だけとなった。
     このような状況から、我が国においても、超党派の国会議員による「LGBTに関する課題を考える議員連盟」(※6)が結成され、また自民党内部にも、「性的指向・性自認に関する特命委員会」が設けられるなど、性的マイノリティに関する法整備の動きが進んでいる。
     日本弁護士連合会は、全国の同性愛者ら約450人の人権救済申立を受けて、同性婚法制化の必要性について聴き取り調査を行っており、国に対する法制化の勧告について検討を始めているところである。
     また地方行政においても、2015(平成27)年3月に、東京都渋谷区が、「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を制定し、性的マイノリティに対する社会的な偏見及び差別の解消を謳うとともに、同性間パートナーシップの認証制度を創設した。これは、男女間の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える関係をパートナーシップとして、その関係を区長が証明し、証明書を発行することにしたものである。この動きに、他の地方自治体も追従し、東京都世田谷区、三重県伊賀市においては、要綱でパートナーシップ宣誓受領書の発行を定めてすでに発行を始めており、これに兵庫県宝塚市や沖縄県那覇市が続こうとしている。
  4. パートナーシップ認証制度の効果について
     これまで、同性カップルにおいては、関係を説明できないために一緒に住む部屋が賃借できない、入院時に「家族以外面会謝絶」の場面で家族として扱われず病院で面会できない、男女の場合は事実婚でも受けられる勤務先の福利厚生が受けられない等の問題点が指摘されてきた。自治体のパートナーシップ認証制度では、上記の問題点を全て解消できるものではなく、本来であれば立法による解決が望まれるところである。
     しかし、渋谷区のような区民や区内の事業者に尊重義務を課す条例の形であれば、上記について問題の一部の解決が図られる可能性がある。
     もっとも、むしろ効果としては直接的な法的拘束力よりも、社会に対する理解促進効果が大きいと言える。実際に、上記パートナーシップ認証制度が次々と創設され、広く報道されたことにより、民間企業などの取扱いにも変化が生じており、少しずつではあるが問題が解消されつつある。例えば、日本IBMやパナソニック、NTT東日本などの大企業が、同性パートナーにも福利厚生制度を適用できるようにしており、大手携帯電話会社なども、自治体の発行するパートナー証明等により、同性カップルを家族間割引サービスの対象にすると発表している。
     地方自治体が、性的マイノリティに対する差別や偏見の解消を推進するともに、条例や要綱で同性カップルの存在を認め、これに対して行政サービスを提供するようになれば、上記のような民間企業の対応にも見られるように、性的マイノリティの存在が社会に認識されるようになり、その権利擁護の動きが進む。その結果、これまで差別や偏見のある社会で疎外されて孤立してきた性的マイノリティ当事者も、自己肯定感を持つことができるようになり、自殺率の減少、生きづらさの解消につながっていく。
  5. 弁護士・弁護士会の役割
     弁護士は、人権擁護及び人権救済をその責務とするから、当然ながら上記のような差別と偏見のない社会を目指して活動することはもちろん、実際に差別や偏見によって虐げられた当事者らを支援、救済するべきである。しかし、道内各弁護士会においては、残念ながらまだその体制が整っておらず、法的支援が十分に行き届いている状況にはない。
     そこで、われわれ北海道内の弁護士・弁護士会も、これまで以上に努力を重ね、さらなる支援を図ることを改めて決意する。
     当連合会は、各自治体が諸施策を講じる過程においては法的観点から助言をしたり、諸施策が講じられた後には有効活用されるように法律相談等に努めたりするなど、可能な限りの協力と支援をしていく所存である。
  6. 結論
     北海道内でも、すでに札幌市では、性的マイノリティ当事者及びその支援者らが、パートナーシップ制度の導入を札幌市に求める運動を始めており、100名を超える賛同者を集め、本年6月6日に札幌市長に要望書を提出したことが報道されている。このような動きは、今後道内の他の自治体にも広がっていくものと思われる。
     そこで、当連合会は、北海道内の各自治体及び議会が、同性間でも使えるパートナーシップ認証制度をはじめとする性的マイノリティに関する施策を講じたり、条例を制定することで、北海道を性的マイノリティにとって暮らしやすい地域に変えていくことを求め、標記のとおり決議する。

【注釈】

※1. 「性自認」(gender identity)とは、性別についての自己認識のことであり、「こころの性」などと表現される。
「性的指向」(sexual orientation)とは、人の恋愛・性愛がどういう対象に向かうのかを示す概念を言う。性的指向には、異性愛、同性愛、両性愛、無性愛がある。
「トランスジェンダー」とは、性自認が身体的性別と対応しない状態を意味する言葉として用いられる。

※2. 厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策事業・男性同性間のHIV感染対策とその介入効果に関する研究「日本成人男性におけるMSM人人口の推定とHIV/AIDSに関する意識調査」(塩野徳史ほか)によれば、同性への性的魅力と同性との性交経験を合わせた群の割合は、3.31~5.25%とされている。

※3. 「日本人のHIV/AIDS関連知識、性行動、性意識についての全国調査」(木原正博ほか)に2%との報告がある。

※4. 調査対象は、専門外来を設けている札幌医科大学病院(札幌市)を2003~2012年に受診し、GIDと診断された札幌市生まれの82人。1958~94年の生年別に集計したところ、最多は85年生まれの7人で、その年の出生数1万9314人で割ると比率は2759人に1人となった。  若年者や高齢者を中心に未受診者も相当数いる上、発症率は生年で変わらないと考えられることから、患者数が最多だった年の比率を全体の発症率としてとらえ「約2800人に1人」と結論付けた。池田官司教授は「考えられてきた以上に障害に悩む人がいると推測できる」と話している。

※5. 2015年4月に69,989名を対象に行われたインターネット調査では約7.6%、別会社が2016年5月に89,366名を対象に行ったインターネット調査では、8%とされている。

※6. LGBTに関する課題を考える議員連盟は、「多様性のある社会の実現」が狙いとし、性的少数者らからヒアリングを行い、まずは性的少数者が抱える問題点の把握に努める。呼び掛け人は、自民党の馳浩・元文部科学副大臣、公明党の谷合正明参院議員、民主党の細野豪志政調会長ら(肩書き等は呼びかけ当時のもの)。

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