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道弁連大会

議案第3号(決議)

4会共同提案

北海道内のすべての地方自治体及び地方議会に対し公契約条例の制定を求める決議

北海道内のすべての地方自治体及び地方議会に対し公契約条例の制定を求める決議(案) 北海道及び北海道議会をはじめ、北海道内のすべての地方自治体及び地方議会に対し、公契約条例を制定し、公共サービスの質を向上させつつも、公契約に関わる労働者に対し生活できる賃金を確保させることを通じて、官製ワーキングプア(働く貧困層)の解消に努めることを求める。

以上、決議する。

2013年(平成25年)年7月26日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 公契約と公契約条例
    地方自治体は、民間企業や民間団体に対し、その行政目的を達成するため、様々な事業を発注し、業務委託を行うが、そのために締結される契約を公契約と呼んでいる。
    公契約条例とは、地方自治体が、公契約に基づく業務に直接・間接に従事する労働者の最低賃金額の遵守を委託契約の条件として受託事業者に対して義務付けるものであるが、最低賃金法に基づく地域最低賃金が地域内のすべての労働者に対して適用されるのと異なり、公契約に基づく直接・間接の労働に対して相当と定める最低賃金の支払いを義務付ける規制である。
    「行政改革」が進められ、「官から民へ、民でできることは民へ」の掛け声の下、公共事業発注の場合のみならず、指定管理者制度等を活用し、それまで地方自治体が直接運営していた事業について民間に委託される形態がここ10年程の間に急増しており、公契約による運用領域が拡大するのに符合して、労働者保護の見地からこれを規律する必要性が高まっている。

  2. 各地における公契約条例の制定とその背景公契約条例は、2009年(平成21年)に千葉県野田市で初めて制定され、また、2010年(平成22年)12月には神奈川県川崎市において、政令指定都市としては初の公契約条例が制定された。現在、公契約条例は、神奈川県相模原市・厚木市、東京都多摩市・渋谷区・国分寺市においても制定されている。
    北海道内では、札幌市が、市議会に対し、2011年(平成23年)度から、公契約条例の制定を提案しているが、現在のところ継続審議の状態にあり、公契約条例が制定された地方自治体はない。
    公契約条例制定の背景には、長引く不況や税収の落ち込みによる財政状況の悪化によって、全国的にも公共投資が減少する中、事業者間の競争が激化することにより、低価格入札(ダンピング)が事実上強いられ、その結果、受注者及び下請業者において人件費の削減が不可避となり、賃金の低下など労働条件の悪化が軽視できない状況に至っていることがあげられる。しかも、前年度の低価格入札が、翌年の入札の予定価格に反映されるというシステムの下、事業者は、毎年、より厳しい競争にさらされ、労働条件もより厳しい状況に置かれるという、自由競争の名の下での「負のスパイラル」ができあがっており、このことにより地域経済の疲弊が深刻化しているのが現状である。

  3. 札幌市の公契約条例案 札幌市の場合、2002年(平成14年)から2012年(平成24年)の11年間で、一般会計における普通建設事業費が、1452億円から787億円と45.8%減少し、工事登録者数も3321から2207と33.5%減少している。建設市場の縮小により公共事業の奪い合いが激化した結果、落札率の下落が生じており、2002年(平成14年)の平均落札率94%が2009年(平成21年)には84.5%にまで低下している。また、札幌市の労務時間単価(普通作業員)も、2002年(平成14年)の13,100円が2012年(平成24年)には11,000円となり、11年間で17.1%下落している。
    このような状況のため、労働者の労働条件が悪化し、その生活状況も厳しさを増しているだけでなく、様々な問題を引き起こしている。例えば、上記のとおり建設投資が大幅に減少する中で、必要経費を差し引いた実際の所得が300万円以下という建設労働者が急速に増加している。この300万円という所得額についても、自営業者の場合、その中から税金、国民健康保険料、国民年金保険料等の公租公課を差し引いたものが手取所得となるのであり、夫婦と子供2人という4人家族を想定すると、生活保護基準を下回ることとなる。このような低所得が大きな理由の一つとなって、建設労働者における若年労働者の占める割合が急速に低下しているのであり、このような状況がこれ以上続くならば、建設業に従事する若年労働者が不足し、技能や経験を有する人材の確保が困難になり、ひいては建設業自体が成り立たなくなるという危惧も指摘されている。仮に、このような事態となれば、地域経済への打撃は計り知れないものとなる。また、適正な価格を大幅に下回る価格で工事が施工されるようなことになれば、必要な品質を確保できなくなる危険性もあり、市民の安全を直接脅かすことにもなる。
    このことは、公共工事以外の他の公契約の分野についても同様であり、例えば、札幌市の指定管理者制度で運営されている施設職員の低賃金問題が指摘されている。札幌市公契約条例の制定を求める会の川村雅則准教授(北海学園大学)が2012年(平成24年)に行った調査によれば、回答を寄せた1450人の対象職員の内、正規職員は28%に過ぎず、残り72%は非正規職員である。正規職員においても年収300万円以下の者が52%であり、非正規職員の場合には年収300万円以下が98%、年収200万円以下も82%にまで及んでいる。また、フルタイムで勤務をしている指導員についても、70%の者が年収250万円以下である。上記における建設労働者の場合と同様に、この収入だけで夫婦と子供2人という4人家族を想定すると、生活保護基準を下回ることとなる。
    北海道の総人口の4割近くを占め、北海道経済をけん引している札幌市でさえかかる現状にあるということは、北海道内の他の地方自治体ではより深刻な状況にあることを強く推認させるものである。また、北海道の場合、経済全体に対して公共事業が占める割合は、他の都府県と比較して高いことからみても、上記のように公共事業で生じた「負のスパイラル」が、経済全体に及ぼす悪影響も他の都府県よりもはるかに深刻であるといえる。
    このような状況下で提案されている札幌市公契約条例案の概要は、
    ① 適用範囲―予定価格が5億円以上の工事(プラント工事は2億円以上)、予定価格1千万円以上の業務委託(清掃、警備、設備運転監視等)、指定管理者との公の施設の管理に関する協定に基づく業務
    ② 対象労働者―対象となる工事の受注者、下請業者のもとで作業に従事する労働者、一人親方、業務委託、指定管理者との協定に基づく業務に従事する労働者
    ③ 作業報酬下限額(最低賃金額)―工事は公共工事設定労務単価(2省単価)、業務は建築保全業務労務単価、指定管理者は市の現業高卒初任給相当額等を基準に作業報酬審議会の意見を聞き決める。
    ④ 実効性の確保―指定報告書の提出、立入調査、労働者への周知義務
    などが盛り込まれている。

  4. ワーキングプア問題の深刻化と公契約
    1990年代以降、いわゆる雇用の流動化が進められ、正職員が、賃金の低い非正規労働者や派遣労働者に置き換えられてきた。労働者の賃金水準は年々切り下げされ、この20年間で、労働者の賃金は平均年収で100万円以上減少し、フルタイムで働いても家族を養えるような収入を得ることができない労働者が急増し、年収が200万円を下回る労働者が労働者全体の4分の1程度を占めるに至っている。働いているにもかかわらずその収入では市民としての最低限の生活すらできないというワーキングプアの拡大は、今日の日本において極めて深刻な社会問題となっている。
    そして、税収により運営されている公契約の職場においても、公みずからが、「負のスパイラル」を作り出し、ワーキングプアを拡大再生し続けている。このことは、倫理的に重大な問題があるだけでなく、民に波及し、社会全体にワーキングプアを拡大再生産することに繋がるものである。

  5. 公契約条例を制定することは法的な要請であること国際労働機関(ILO)は1949年(昭和24年)に「公契約における労働条項に関する条約」(94号条約)を採択し、これまでに59カ国が批准している。このILO94号条約では、公契約の発注者たる国や地方自治体に対し、賃金だけでなく様々な労働条項を保障し受託事業者やその下請事業者に対して守らせることを求めている。日本はILO94号条約を批准しておらず、このような日本の態度自体が重大な問題性を孕んでいるが、公契約条例は、いわばILO94号条約の地方自治体版として、国に先んじて公契約に基づく業務に直接・間接に従事する労働者の保護を実現しようとするものといえる。また、地方自治法1条の2は、「地方自治体は、住民の福祉の増進を図ることを基本とし」と規定し、公共サービス基本法11条も「国及び地方公共団体は、安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるように努めるものとする」と規定していることからも、公契約条例は、まさに地方自治体に課せられたその責務を果たす制度なのである。

  6. 公契約条例によって実現できること
    (1)賃上げ効果
    公契約による規制の中心は賃金であり、公契約条例は前述した「負のスパイラル」に歯止めをかける契機となるものである。公契約条例を制定し、労働者の賃金水準を確保することにより、際限のない低価格競争に歯止めをかけることになり、公契約に基づく業務に直接・間接に従事する労働者の賃金を守るだけでなく、低価格競争で疲弊し、事業の継続を断念しかねない事業者を励まし、ひいては地域経済を守ることとなる。
    公契約条例を制定した千葉県野田市では、最低賃金の水準にあった清掃業務の受託事業者の賃金が時給で100円程度上がり、神奈川県川崎市でも臨時職員の賃金が時給で30円程度上がっている。また、公契約条例の制定を目指している札幌市の試算では、公契約条例が制定された場合に、労働者の賃上げ額は2億1千万円に及び、3億3900万円の経済的波及効果があると推測されている。
    (2)入札制度の改善
    公契約条例が制定される際には、併せて、入札制度改革が行われ、入札における最低制限価格の引き上げが行われるのが一般的である。札幌市の場合も、公契約条例の提案に当り、最低制限価格の引き上げが先行的に行われている。新たな談合の疑惑を生まないためにも、公契約条例により、引き上げられた価格から労働者への配分を確保することは不可欠である。それに加えて、入札制度改革の中で、価格以外の評価を加える場合に、それを公契約条例に組み込み規制することも可能であり、公契約条例は公契約による事業の質の確保など価格競争だけではない多様な入札制度の実現にも資するものである。

  7. 公契約条例の制定を求める市民の活動と弁護士会の取り組み
    現在、札幌市では、学者、労働組合、弁護士が協力して、「札幌市公契約条例の制定を求める会」を結成しており、1年以上にわたり、公契約条例の制定を求め、大小の多数の市民集会の開催、市議会議員への要請、公契約条例の対象となる職場の調査等の活動を進めている。
    また、札幌弁護士会は、2012年(平成24年)3月「札幌市公契約条例の制定を求める会長声明」を発表し、札幌市に対して要請を行っている。
    さらに、釧路市や旭川市でも、労働組合を中心に公契約条例の制定を求める活動の取り組みが開始されている。
    日本弁護士連合会では、2006年(平成18年)の釧路市での第49回人権擁護大会以後、本格的に貧困問題に取り組むようになり、2008年(平成20年)の富山市での第51回人権擁護大会では、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を満場一致で採択し、非正規雇用の増大に歯止めをかけ、ワーキングプアを無くすための活動をおこなうと共に、貧困対策本部を設置し、貧困問題に取り組んでいる。
    貧困問題を解消するためには、「負のスパイラル」を断ち切ることが極めて重要であり、そのためには、行政が官製ワーキングプアの解消に向けて、積極的な施策を行う必要がある。そして、この行政による積極的な施策の一つとして、公契約条例の制定は極めて重要であると考える。

  8. 以上の理由から、本決議案を提案する次第である。

以上

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