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道弁連大会

議案第1号(決議)

4会共同提案

日本国憲法第96条に定める国会発議要件の緩和に反対する決議

日本国憲法第96条第1項は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。」と定める。これに対し、政権与党である自由民主党が、この国会発議要件を「衆参各議院の総議員の過半数以上」とする憲法改正草案を発表し、国政選挙のマニフェストとして掲げるなど、憲法改正のための国会による発議要件を緩和しようという動きが、昨年以降、活発化している。

しかしながら、日本国憲法がその改正にあたり、法律の改正手続よりも厳格な手続を必要とする硬性憲法とされているのは、日本国憲法の根本理念である「憲法の目的は、国民の自由と権利を保障するために、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防ぐことにある」という立憲主義の観点に立脚する。すなわち憲法の硬性憲法性は、最高法規たる憲法の改正において厳格な要件を設けることで、国会で多数を占め国家権力を握るその時々の多数派の専横に歯止めをかけ、国家権力が濫用されることを防止し、ひいては基本的人権の保障を全うするためである。
したがって厳格な改正要件は、立憲主義の理念に添うものであり、憲法改正の発議要件を三分の二以上から過半数に緩和することは、日本国憲法の根本理念を揺るがすことに繋がるものであって、決して許されるものではない。

ところで、第96条改正論者は、同条の改正要件が厳格にすぎるため、日本では憲法制定後一度も改正されていないことを理由の一つとする。
しかし、日本国憲法と同様または一層厳しい憲法改正要件がおかれている国は多数存在し、またより厳格な改正要件の下でも憲法改正が行われている国も存在する。したがって、第96条の改正要件が厳格にすぎるために日本では改憲が実現しないことを論拠に、発議要件緩和の必要性を説くことは誤りであり、このような理由で発議要件の緩和が正当化されるものではない。

以上の根本的な問題に加えて、仮にいま第96条の改正を現行の国民投票法や選挙制度を前提に実施した場合、国民主権に基づいた民主的議論を尽くすことが困難な状況にあるという重大な問題が存する。
2007年(平成19年)5月に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律には、国民投票における最低投票率の規定がなく、国会による発議から国民投票までに、国民が十分な議論を行う期間が確保されていないなどの大きな問題点がある。また、衆議院議員選挙においては、「一票の格差」が問題とされ、昨年12月に実施された総選挙について違憲ないし違憲状態とする判決が続出している。
このように、主権者である国民の意思形成や民意の反映に重大な問題が複数存在する中で議員の過半数の賛成で憲法改正が発議できるとすれば、国民の多数の支持を得ていない憲法改正案が発議されるおそれが強く、かかる事態は到底容認できない。

以上のとおり、憲法改正の国会発議要件を三分の二以上から過半数に緩和することは、日本国憲法の根本理念である立憲主義を大きく揺るがすおそれがある。当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする(弁護士法第1条)弁護士の社会的責務として、このような改正を看過することはできない。
よって、当連合会は、日本国憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に強く反対する。
以上、決議する。

2013年(平成25年)7月26日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 憲法第96条改正をめぐる最近の動向
    日本国憲法第96条第1項第1文は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、 国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。」と定める。
    この憲法改正のための国会による発議要件を緩和しようという動きが、昨年以降、活発化している。
    自由民主党は、2012年(平成24年)4月27日に発表した「日本国憲法改正草案」において、憲法改正の国会発議要件を衆参各議院の総議員の過半数とする改正案を示している。また、一部の有力マスコミも、同改正案について賛成する旨を公表している。さらに憲法改正を掲げる日本維新の会も、第96条について同様の改正案を示している。
    加えて、安倍晋三首相は、本年1月30日の国会答弁において、憲法第96条の改正に取り組む旨を明言し、それ以降も、同首相を含む他の自民党幹部から、同様の発言が繰り返されている。
    以上のような現状、及び現在における衆参両議院における党派構成や政党支持率を考えたとき、憲法第96条を改正し発議要件が緩和される現実の可能性は間近に迫っていると言って全く過言ではない。

  2. 国会による発議要件の緩和は立憲主義を揺るがすもの
    ところで、日本国憲法は、その改正にあたり、通常の法律の改正手続よりも厳格な手続を必要とする硬性憲法である。
    日本国憲法は、近代立憲主義(個人の権利・自由を確保するために、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防ぐことを憲法の目的とする考え方。)に立脚するものであるところ、硬性憲法は、立憲主義を維持するために必要な、いわゆる憲法保障制度である。すなわち、最高法規たる憲法の改正において厳格な要件を設けることで、国会の多数派となって国家権力を握っているその時々の多数派を拘束する憲法を、多数派によって容易に変更されないようにし、その専横を防ぎ、国家権力が濫用されることを防止し、ひいては基本的人権の保障が全うされるのである。
    したがって、発議要件を緩和することは、日本国憲法の根本理念である立憲主義を揺るがすことに繋がり、ひいては基本的人権の保障をも揺るがしかねないのであって、それはその後に国民投票が行われるとしても正当化されるものではない。

  3. 「第96条が厳格すぎるため日本では改憲が実現していない」論の誤り
    第96条改正論者は、同条の改正要件が厳格にすぎるため、日本では制定後一度も改正されていないということを、改正の理由の一つとする。
    しかし、まず、第96条に定める改憲要件は、諸外国に比べて特に厳格であるということはない。憲法改正のための手続は、各国において様々であるが、両議院の3分の2以上の賛成および国民投票という要件と同程度、あるいはそれ以上に厳格な要件を定めている国は少なくない。
    また、改憲要件が厳格なために改憲が実現しないという理由は当たらない。例えばアメリカ合衆国憲法は、両院の3分の2以上による発議又は3分の2以上の州議会の要請による憲法会議の修正と、4分の3以上の州議会又は4分の3以上の州における憲法会議による承認という、第96条よりも厳格な要件を定めているが、20世紀以降に限っても11回の改正が行われている。
    このことからも明らかなように、第96条の改正要件が厳格にすぎるために日本では改憲が実現しないこととして、発議要件緩和の必要性を説くことは誤りと言わざるを得ない。

  4. 民主的議論を尽くすことが困難な状況下での改憲は容認できない
    以上の理由に加え、現状においては、国民主権原理に基づく民主的議論を尽くすことが困難な状況にあり、この状況の改善なくして第96条改正を主張することは容認できない。
    (1)2007年(平成19年)5月、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)が成立した。しかし、同法には、国会による発議から国民投票までに十分な議論を行う期間が確保されていない。また、公務員と教育者の国民投票運動に一定の制限が加えられているため、国民の間で十分な情報交換・意見交換が可能な条件が整っているとはいえない。
    このような憲法改正手続法下で憲法改正案の発議がなされれば、国民の間で十分な議論も尽くせず国民投票が行われることになりかねない。さらに、国民投票には最低投票率の規定がない。そのため、憲法改正に国民の多数の意見が反映される制度的な保障すらない。
    このように憲法改正手続法には問題点が多数あるにもかかわらず、その見直しもなされないまま、最高法規であり根本規範・制限規範たる憲法について、その改正のための発議要件の緩和を急ぐことは、許されない。
    (2)また、昨年12月の衆議院選挙の小選挙区選挙の結果について、いわゆる「一票の格差」を違憲ないし違憲状態とする判決が続出しており、選出された国会議員がそもそも正当に国民を代表しているか否か自体について深刻な疑問が呈されている。この状態を改善することなく第96条の発議要件緩和を行うことは、容認できないものである。

  5. 結論
    以上のとおり、現在日本国憲法第96条について提案されている改正案は、現憲法の根本理念である立憲主義に抵触し、基本的人権の尊重を脅かすものであることは明らかである。当連合会は、基本的人権を擁護することを使命とする(弁護士法第1条)弁護士の社会的責務から、このような憲法改正の発議要件を緩和しようとする動きを看過することはできない。よって、ここに、本決議案を提案するものである。

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